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三冊目 【水滸伝】(その2) 作者のいない作品 伝承について 

投稿日:2019年11月10日 更新日:

 

伝承。作者がいないということ。

不特定多数の作者たち。

1.水滸伝と他の小説との違い。

戦争と平和、注文の多い料理店、他今から読もうとしている作品たちとこの水滸伝が根本的に違うところは、特定の作者がいないことです。

元の施耐庵、明の羅貫中の作品とされることもありますが、彼らの創作という意味ではありません。

宋江は実在の人物で、何人かの豪傑というか盗賊が終結したという史実はあったようです。それを幹として、庶民の間に流布していた豪傑の武勇伝や、時の政府や軍隊を追われた役人や軍人たちのエピソード等(ほぼ架空)が、加わっていったものと思います。

2.伝承に於ける取捨選択。小説との違い。

豪傑の武勇伝、役人や軍人たちのエピソード、更には民話、昔話など、いわゆる伝承と言われるものは、その当時あったものが、そのまま現代にまで残っている訳ではありません。そこには取捨選択、細部の改変などが当然ながらあったことでしょう。

文学に限らず世界的名作と呼ばれるものは、長い歴史の中で淘汰され残ってきた作品です。

作者がいない伝承の場合、多くの人々がそれを形造っていきました。創作で個人がやることを複数の人たちが行ったのです。

個人の作品の場合、それをひとかたまりとして扱い、他の人々が時間をかけて多くの作品を取捨選択していきます。この作品のこの部分はイヤだから取り除こう、この部分は好きなので残そうというものではありません。そういう作業を行うことができるのはこの場合、作者である個人のみです。

個人の作品はそれをひとかたまり、すなわち一つの作品として取り扱わざるを得ません。従って、もしその作品に、自分が受け入れることのできない箇所があり我慢できなければ、その作品は自分には合わないとういうことで、排除の対象となってしまいます。

僕にとって、例えば夏目漱石の「吾輩は猫である」や「坊ちゃん」がまさにそうです。

「吾輩は猫である」は、結末が受け入れられず再読する気になれませんし、「坊ちゃん」は主人公というか、もはや作者である夏目漱石の中学生ぐらいの男子生徒の悪のりに対する嫌悪感が激し過ぎます。そんなに目くじら立てなくても、と思いますが、実際その渦中に置かれたなら、まあブチ切れるかもしれませんが。

 

 

 

 

 

 

 

文学作品の場合、歴史の中で多くの人々が、その取捨選択を行ってきたといいましたが、思うにその多くの人々は、ごく一部の人々でもあります。というのも、現代とは違い書物を読む者はかなり限られていたからです。

昔、本を読むことができたのは、いわゆる知識層といわれる人達に限られていました。運良くお金のある家に生まれた者、運良くいい家柄に生まれた者、あるいはそういったものを生きていく過程において手に入れた者達です。経済的にも時間的にも余裕があることが前提で、貧すれば鈍するとはよくいったもので、そのような余裕のない人々には、読書は無縁なものでした。

知識層といわれる人達が、それ以外の人達に比べると、学ぶ機会が多かったのは事実ですが、その知識層の人達が頭が良く、また判断力があるとは限りません。

今でも、世界には、成人非識字者が8億人近くいる事からすると、日本はかなり異質で、例えば江戸時代当時から、寺子屋のおかげで識字率が異様に高く、草双紙などは庶民の間でも比較的読まれていたようです。

また、浮世絵を買って楽しむ風潮もあったことからも、文や絵を楽しむ素養はかなりあったようです。

3.取捨選択の基準。昇華。

伝承される話は、民にとって都合のいい話というか、聞いていて楽しく、耳に心地良いものが残り広がっていきそうなものですが、実際にはそうでもないようです。

では、なにを基準にしているのか。

この水滸伝の場合、時の権力者に逆らった者たちの活躍が扱われています。民はそれを見て快哉を叫んだり、溜飲を下げたりします。それが、日ごろの鬱憤を晴らすことになり、今でいうストレス発散になるのです。

しかし、首領である宋江は官史に捕らえられ、文字通りズタボロにされることもあります。そして、終結した108人も最終的には滅んでいきます。このように、虐げられている人々にとって、必ずしも都合のいい話ばかりではないのです。

そもそも、都合のいい話イコール面白い話というわけではありません。ややもすれば、ご都合主義であると揶揄されます。

香港に金庸という作家がいました。中国を中心としたアジア圏で絶大な人気を誇っています。しかし、その金庸がいまいち日本で人気が出ないのも、このご都合主義に過ぎるというのが一つの要因だと思います。

金庸の主人公は、都合よく強くなり、都合よく幸せになっていきます。ひょんなことから重要な古文書を手に入れ、洞窟に閉じ込められるとその壁面には究極の奥義が彫ってあります。毒蛇に嚙まれることにより、耐性を身に付け、その体質改善により毒を駆使する難敵に快勝したりします。こういうものだと割り切ってしまえば、面白くサクサク読めます。

伝承されたエピソードの取捨選択について、その基準を考えていたのですが、食べ物になぞらえてみると非常に分かりやすくなりました。

食べ物との対応、比較。

1)まず何よりも、食べられるかどうか。

具体的にいえば、嚙んで飲み込めるかどうか、そして毒性はないかということです。

これを伝承でいえば、受け入れられるかどうかということです。その内容が辛すぎて救いのないもの、馬鹿馬鹿し過ぎて醒めてしまうものなどは、排除されます。

2)次に、おいしいかどうか。

これはおもしろいかどうかですね。

3)そして、栄養があるかどうかです。

これは、どうも正確には表せないのですが、自分自身の内にある心もしくは精神の力になるかどうかです。

力になるとは、言い換えると心の糧になり、気持ちを高めて活気をもたらしてくれるかどうか。あるいは、精神を満たしてくれるかどうかです。

それは、癒し、安らぎ、潤いとなる場合もあります。

4)三つの必要条件

  1. 受け入れられるか。
  2. おもしろいか。
  3. 力になるか。

これらの三つの条件を満たしたものが、昇華された話(エピソード)として採用されます。

]しかしながら、そのエピソードは単独では短く弱いものです。

これも食べ物に例えるなら、量が少ないということです。「ごはんですよ!」と言われて、ご飯粒ひと粒出されても……。という感じです。

穀物の粒、この場合は米の粒が集まっておにぎりになります。

 

 

 

 

5)結論

水滸伝はおにぎりに似ています。

 

おにぎりを食べるように、水滸伝を読みましょう。

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