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【黄金の壺】ホフマン作幻想小説の傑作を読む。

投稿日:2019年12月29日 更新日:

 

「新時代のメルヘン」ホフマン作【黄金の壺】を読みます。



多彩な才能を持つホフマンの幻想小説【黄金の壺】

【黄金の壺】とは。

〔 Der goldne Topf 〕

ドイツの作家E.T.Aホフマンの中編小説。1814年刊。「新時代のメルヘン」という副題をもつ。大学生大学生アンゼルムが緑の小蛇と結ばれ、神話的な国に住むにいたるまでをにいたるまでを語り、日常的現実と詩的幻想の葛藤を描く幻想小説の傑作。

ブリタニカ国際大百科事典

作者であるホフマン(1776~1822)は小説家であると同時に、作曲家、音楽評論家、画家、法律家でもあります。

両親が法律家だったこともあり、世間に対しては上級裁判所判事という肩書を用いていたと思います。

ホフマン自身は、音楽こそが自らのライフワークと考えていて、オペラ【ウンディーネ】を代表作としています。

とにかく、音楽・美術・文学、そして法曹界でと多分野で活躍した多才な天才でした。

比較する気はありませんが、レオナルドダヴィンチ(1452~1519)を連想します。

ホフマンの作品にある独特な雰囲気

全ての作品は独特なもので、同一のものは無いのですから、各個に独特な雰囲気があるのは、当然と言えば当然です。しかし、それ以上の何かがホフマンの作品にはあります。

ベルリン大審院の判事として勤務し、夜になると酒場に入り浸り多くの芸術家たちとの社交にいそしみつつ、一方で創作活動も行うという多忙な生活をホフマンは送っていました。

勤勉でもあり放恣でもあるという二重生活が作品にも影響を与えています。

無理な生活は彼の健康を蝕み、46歳という若さで逝去しています。

僕が今までに読んだホフマンの書籍

  • 【黄金の壺】 岩波文庫
  • 【雄猫ムルの人生観】上・下 岩波文庫
    夏目漱石の小説【吾輩は猫である】の中で、主人公の猫により触れられています。
  • 【ブランビラ王女】 ちくま文庫
  • 【ホフマン短編集】(クレスペル顧問官・G町のジェスイット教会・ファールンの鉱山・砂男・廃屋・隅の窓) 岩波文庫
    砂男は漫画家藤田和日郎の【からくりサーカス】に影響を与えています。藤田和日郎本人のインタビューがあります。
  • 【くるみ割り人形とねずみの王様】 同録(見らぬ子ども・大晦日の夜の冒険)河出文庫
    書籍タイトルは言うまでもなく、チャイコフスキー作曲の「くるみ割り人形」の原作です。

ポー、ドストエフスキー、プーシキン、バルザック、ユーゴー、シューマン、ワーグナー、フロイトといったそうそうたる人達に影響を与えています。もちろんここに挙げたのは、ほんの一部です。

ホフマンは、リアリズムの先駆者であり、後期ロマン派の代表でもあるそうですが、その辺の定義は余りピンと来ません。幻想作家でありながら、リアリズムの先駆者でもあるということは、たとえ幻想の世界であっても、あたかもそれが実際に実在するように描くということでしょうか。それは、当たり前のことのように思いますが、それが当たり前になったのは、ホフマン達先駆者のおかげ、彼らの功績ということでしょうか。



現実か非現実か。

黄金の壺は文庫本で170ページで、構成としては第一の夜話~第十二の夜話からなっています。

大学生アンゼルムスが、りんご売りの老婆の屋台に突っ込むところから、この物語は始まります。その弁償のため、昇天祭という祭りを楽しむための、なけなしのお金を失っていまいます。

そのために落ち込み、ニルベ川のほとりに座り込んでいた彼の前に金緑色の蛇、すなわちゼルペンテイーナが現れます。

アンゼルムスは、その金緑色の蛇に心奪われるのですが、彼には教頭パウルマンの娘、ヴェロニカが思いを寄せています。

登場人物

  • 大学生アンゼルムス 本編の主人公
  • りんご売りのお婆さん。ヴェロニカの子守ばあやのリーゼ。
  • 教頭のパウルマン
  • ヴェロニカ。パウルマンの娘。
  • フランチスカ。パウルマンの娘、ヴェロニカの妹。
  • アンゲーリカ。ヴェロニカの友人。
  • 文書管理役リントホルスト。
  • ゼルペンテイーナ。金緑色の小蛇。リントホルスト三人の娘の末っ子。
  • 書記役ヘールブラント

堅実な現実か世俗を超越した別世界か

ヴェロニカは、将来アンゼルムスが宮中顧問官になるであろうと考えており、彼女自身はその夫人となり、優雅で贅沢な生活を夢想しています。

りんご売りの醜い老婆は、実は魔法使いラウエリンであり、リントホルストとは敵対関係にあります。

このラウエリンはヴェロニカの子守をしていたリーゼばあやに化けて、ヴェロニカに取り入り、アンゼルムスとゼルペンテイーナの仲を引き裂く策略を巡らせます。

最初この作品は、主人公である大学生のアンゼルムスが、2つの世界、すなわち現実世界か幻想の世界のどちらを選ぶのか、その二者択一がテーマなのだと思っていました。

アンゼルムスが出世することを想定して、彼に好意を寄せるヴェロニカが、世俗的な現実代表であり、煩わしさや心配事に満ちた現世にアンゼルムスを結び留め置きする役回りを果たしています。一方でゼルペンテイーナは、そういった現実世界を超越し未知の輝かしい別世界に誘う力の象徴だと思えたからです。

しかし、話はそう単純なものではなさそうです。

というのも、現実代表だと思っていたヴェロニカも、結局のところ夢想家だからです。

その夢想というか空想は荒唐無稽なものではなく、現実に即したものである、といったところで所詮は妄想です。世俗的で打算であることが問題なのではありません。将来自分の夫になる男性が身分が高くなり収入が増していくというのは、それに越したことはないと思います。ただ、優雅で贅沢な生活、イコール幸福な生活と考えていることが妄想なのです。

そして何よりも、現実(ヴェロニカ)、非現実(ゼルペンテイーナ)といったところで、読者にとっては、両者ともに架空の存在なのです。

となると、何らかの思考実験が行われているのではないか、という僕の考えは、勝手な思い込みに過ぎなかったようです。

選択を迫られるというパターンはよくあります。例えば、ごく普通の学生が異形のものと遭遇し、今まで通り現世に留まるか、あるいはその異形のものに導かれるまま別世界に旅立つか、二者択一を迫られるというパターンです。要は、現実と非現実どちらを選ぶのか、ということです。

そしてそれは読者にとっては、いずれにせよ架空の世界なのです。

だからここで迫られている選択は、現実か非現実かということではなさそうです。

変化を求めるのか、求めないのか。その変化を受け入れるのか、受け入れないのか。

ありふれた日常のまま、今まで通りの生活を続けていくのか、あるいはかなりのリスクはありそうだけれども大きな変化を求めるのか、という選択なのです。

もちろん読書というのは、読者であることを忘れて、その作品世界に没頭して、作中人物と悩みを共有するということでもあります。ただ僕としては、読書中に作中人物と同化して心が揺れ動くという楽しみだけではなく、それこそ現実世界での自分自身の生活に影響を与えたいのです。

そして、現実世界での生活に影響を与えたいというのは、とりもなおさず変化を求めているということなのです。

現実にはない世界、あるいは現実には起こり得ないような出来事を想定して、変化に対する考察を行っている、そして、その変化を作者自身にも読者にも打診しているのではないでしょうか。

そのために衝撃を与えるべく、大きな、考えが及ばないような、心の準備ができないような変化を提示するのです。

それはその打診が有効なものとなるために必要な条件なのです。

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